さて、今回。
絶体絶命都市の実況動画タイミングが不運にも。
6月18日に発生した大阪北部地震と重なった事。
まず何よりも申し訳ありません。
災害を一つのテーマとして扱ったこのゲームは個人的に、思い入れが深くあります。
絶体絶命都市シリーズは全て遊んでいるのですが。
私が何を隠そう2011年3月11日に発生した、東日本大震災時に。
千葉エリアではありましたが、埋め立て地である海浜幕張で仕事をしており、被災者の1人となった人間です。
当時、埋め立て地である海浜幕張は。
地震の影響で地面が液状化してしまい、どこを歩いていいか分からない状態でした。
同時にライフラインの一部が断線し、コンビニなども、商品が全て消え。
不安の中、ホテルのロビーで一夜を明かしました。
千葉エリアはその後に緊急警報は解かれ、各々の方法で帰宅が許され、私も自宅に到着しましたが。
自宅のドアを開いた時の、ほとんどの物がばらばらになっていた光景はまだ記憶に新しいモノです。
この避難の際、このゲームで得た知識が本当に役に立ちました。
街灯が傾いている最中の余震の恐怖。
歩く場所の考え方。
恐怖におびえている人を、安心させる方法。
その中での統率の取り方。
本当にこのゲームをプレイしていなければ辿り付かない思考がたくさんありました。
絶体絶命都市はシナリオの途中途中に遊びがあり、全て震災を重く捉えている訳ではありません。
だからこそ、このまま配信を継続するのは、不謹慎であるという意見も重々承知しております。
じゃあ、「安全を考えるのに最適なタイミングっていつなんだ?」と思うのです。
それを考えるのに相応しい時期なんて無いし、今だって千葉の地盤プレートがずれているなど。
次の大きな地震がいつ来るか分からないという状況が続いています。
所詮ゴミみたいな投稿者です。
人気も無ければ再生数も稼げない。
だから動画を投げた所で考えてくれて影響を及ぼせる人間の数には限りがあります。
でも、投稿者の端くれである事は事実です。
再生数とかじゃなくて。
見てくれた人だけでもいいので。
「平穏なのって毎日が当たり前じゃない」って事も。
「いつかの為に考えて無くてはいけない事がたくさんある」って事も。
理解して貰いたいのです。
そもそもこの絶体絶命都市シリーズの実況は5月中頃には決めておりました。
動画の収録タイミングなども全て、その時期です。
それに地震があったタイミングで、収録して編集して投稿は無理があります。
この地震があったからやる事を決めたタイトルでは一切無い事を。まず。
皆様にお伝えさせていただきたいと思っております。
そして。
自己満足ではあるかもしれませんが。
このまま、スケジュールの予定通り、この「絶体絶命都市」の実況を続けさせていただければと思っております。
もちろんゲームですから。
私も実況者として途中茶々を入れる事もあると思います。
ただ、そこに不要なモノはないと思っておりますし。
それこそ、震災で身体を、心を痛めてしまった人が。
自分が何か影響が出来て、少しでも楽しい気持ちになって貰えたら。
嬉しい限りだと思っております。
我が侭と自己満足で。
開始タイミングが本当に不運に重なってしまったタイトルではありますが。
このまま実況させていただく事を。
何卒お許し頂けますと幸いです。
また、ラジオパートはPart3と4に関しては。
このタイミングについて、ブログより簡易ではありますが。
お詫びとお伝えをさせて頂ければと思っております。
以上何卒よろしくお願い致します。
大阪北部地震だけではありません。
東日本大震災や阪神淡路大震災をはじめとし。
震災によって、怪我、大切な人、何かを失った方々など。
お悔やみ申し上げるのと共に。
所詮、人気も無い配信者ではありますが。
何かしら楽しい時間を少しでも提供でき。
それは私の力では無く。
「テレビゲーム」という最高のエンターテイメントの力を借りて。
皆様の時間が潰れたり。
皆様の気持ちが少しでも晴れるよう、今後も務めて参ります。
何卒、よろしくお願い申し上げます。
2018年6月18日 八神 颯