​忘れられない音と映像と

ブログ的なやつ

印象的に残る事ってありません?
それが何か、はさておき。
私はやはり、ゲームの画面を長いこと見ているので、何故か印象に残った映像。と言うのは多くがゲームの画面だったりします。

私のゲーム人生を語る上ではどうしても、音ゲーという存在を置いておくことは出来ません。
当時小学生の時に近くのゲーセンに置いてあったビートマニア。
他の筐体に比べても一際大きな音を出し、プレイしている人はまだ少なかったので「あいつは何をしてるのか」とよく見られるゲームでした。

毎日100円を握りしめて。
やりたいなぁ。やりたいなぁ。と思っても、やる勇気が湧かなくてプレイが出来ず。

はじめてのビートマニアは2週間ぐらい通い詰めた後でした。
その時にプレイした曲が
Do You Love Me?という楽曲。

クリアは出来たもののサビで流れてくるノーツ。
頭は真っ白になり、なんなんだこの難しさは。と震え上がったのを覚えてます。

切なめのバラードの曲なのに。連続して暴力的に降る譜面。
いや、今考えたらクソ楽なんですよ。
なんだけど、あの時にはまだ音ゲーという言葉も存在していなくて譜面を示す言葉も存在しなかった。
あの時に見た女性の髪が風になびきながら、降ってくる譜面は。本当に、驚きが隠せませんでした。

今でも、動画を見たりしていると。
なんだか当時のことが思い出せて。

そのゲーセンには有名な「チョコミントおじさん」という人がいて。
毎日のようにいて17アイスのチョコミントを食べてるんです。
本人曰く「大勝負前にチョコミントを食べると勝つ」と。
ゲン担ぎがは分かりませんがゲーセンではちょっとした有名人だったな、とか。

当時のゲーセンのレイアウトも鮮明に覚えてます。しかしながらそこにもうそのゲーセンはありません。
どんなに鮮明に覚えていても、時間の流れは残酷で。
昔はたくさんあったゲーセンも市場的に見てもここ数十年の間に店舗数は1/5以下に減少しました。

前を車を運転しながら通る度に、なんか頭の中にはDo You Love Me?が流れてくるのです。
きっと皆さんにも、子供の時だったり。
大人になってからでも。
好きだったあの人と聞いた曲だとか。なにかが鮮明に思い出に残ってるんじゃないかなって、思ったりするわけです。

意外と大人になってみて。
若い子になにかを繋いで、受け継ぐ世代から。受け継いでもらう世代に片足突っ込んだ時に。

当時の事とかを思い出しながら、あの時にあったよかった事。なんかをそこに織り交ぜてみたりして。
もう今の若い子には、話しても輪郭しか伝わらなくて中身が伝わらない話でも。
例えば笑い話にしながら昔のゲーセンは灰皿が宙を飛び交ってたとか。
本当に漫画みたいなヤンキーに絡まれて金取られたとかw
なんとか、数十年前に見た景色をどこか残せるようにもがいてみたりしてて。

きっと今やってるゲームの動画もどこかにそんな祈りがあったりするのかなって。
バイオハザードなんてカプコンが無くならなければシリーズは続くけど。

私が憧れたゲームクリエイター、飯野賢治さんが残してくれたエネミーゼロは我々の世代がみんな死んだら、いつか。
歴史上からも誰も見れなくなるタイトルになる。

だけど、八神颯が生きていて。
実況リストです!って言い張れば、エネミーゼロはまだ生きていく。
だれか見てくれた人がやりたい!と思ってくれて、セガサターンを手に入れてくれたら。
古臭いローポリの宇宙船がそこには待ってる。

耳に残る生存確認音と。
当時のゲームでは考えられないぐらいだった、美麗なグラフィックが残ってる。

話は脱線を繰り返しているようでそうではなくて。
なにもしなくても生き残るものもあるけど。
頭にこびりついた思い出になってる何かは、誰かがちょっと埃を拭き取ってあげないと。
風化してしまう。

きっと音ゲーなんか俺が活動してようがしてまいが、ずーっと遊ばれるけど。
そうじゃない物もたくさんあって。

私は恵まれていて八神颯である限りそういうことを伝えられるから。
皆さんの記憶に残る映像と音を伝えられるように。

昔なんかうっさいゲーム実況者がいたんだよって言ってもらえるように。
頑張らなきゃいけないなぁ。と。

眠れないからスマホを取り出してちまちまと、文字を書いて見てたら。
もっと頑張ってやってかなきゃな!とか思った。
そんなおっさんの話でした。
※この記事のベースは3月14日の午前4時ぐらいに作られていましたとさw