フリーゲームが持っている性質とは

ブログ的なやつ

八神はあんまり無料のゲームの配信をしない。
しない訳では無いけども。
それには結構しっかりとした理由がある。
今回はそんな話。

フリーゲームって言うのは誰でも気軽に楽しめるという要素としては、非常に良い性質を持っている。
しかしながらパソコンのフリーゲームというのにはスマホゲーとは明らかに違う特徴がある。
それは、「利益が得られない事」である。
なんで利益が得られないか?というのは非常に簡単で。

あまりにオマージュが多すぎる事が多く、利益を得ようとすると版権元から怒られる場合があるからだ。
もちろんこの限りではなく高クオリティなのに、無料配信っていうのもあるから、それはあくまでケースバイケースだと捉えて読んでくれると嬉しいんだけど。
つまり、「オリジナル」ではない訳で。
そのオリジナルではない要素がもしかすると誰かを傷付ける可能性もあるわけだ。

例えばドラえもんの最終回。
とっても感動するし、ドラえもんとしても綺麗な終わり方。
だけど、一時期は小学館などで、終わりがあったドラえもんもいつしか終わりを描く事はやめた。
あのドラえもんやのび太君の時間や世界は、今でも子供達の中で楽しいエンターテイメントとして存在している。

それを「終わらせる」って言うのは、我々大人だから楽しめる物であって、子供からしたらとても残酷な事かもしれない。
こういう「誰かを楽しませる代わりに誰かを傷付ける」可能性を持っているのが二次創作物の副作用であり、フリーゲームが持っている宿命だと思っている。
だから、誰かは楽しいかもしれないけど誰かが苦しい。これは俺がやりたいエンターテイメントではなくて。
俺が追いかけ続けてもうすぐ30歳を迎えようとしているエンターテイメントでは一切無くて。

だから非常に毎度フリーゲームの扱いというのは頭を抱えている。
それこそのび太のバイオハザードなんかは、リクエストで言えば2桁以上頂いている「支持があるタイトル」として見ている。
じゃあ支持があって、再生数が伸びやすそうなタイトルを安直にやるのが正解か?って言われたら答えは違うと思う。
本音としてそこまで魂を売ったつもりはないから。
だからこそ、やれない。そんな事は。

きっと大型タイトルを発売日に実況開始する事はあると思う。
それこそ、今でいえばすばらしきこのせかいと、Life Is Strangeに関してはその予定だし。
ただこれらも面白いと分かっているからこそ、少しでも早くプレイしたいって言うのもあるし。
その上での新規のリスナーさん獲得を狙っている部分もある。

きっと「発売日再生数乞食」と呼ばれるだろうし。
だけどどこでやる。どこでやらない。の判断は常日頃からちゃんとしていないといけないと思うから。
背中を刺されてもやりたいゲームをやる時には、昔やったNightCry同様にちょっと前線走らなきゃって事もあると思うけど。
きっと二次創作のゲームに関しては。

一番注意をしている部分だから今後もちょっと厳しい所はあるだろうなぁ。って。
話題があって、ちゃんとオリジナル性があるゲーム
話題性無いけどナチュラルに面白いオリジナル性が強いゲーム。
とかならいくらでもやるんだけどね。

だから有償タイトルか「愛を感じるタイトル」しか実況していないんだろうなぁ。自分。
ってお話ですた。